することがけた違いです、チャンピオンは。

F1界に君臨する、シューマーッハ兄がスマトラ沖地震災害のために
1000万ドルもの寄付をしたそうだ。
各国の著名人からも続々と寄付が寄せられているが
1000万ドル、およそ10億円とは破格だ。
遠く離れたヨーロッパの人なのに・・。
チャンピオンは規模が違う。
アンチシューマーッハーの私だが、
素直に彼の素晴らしい心意気に感服いたしました・・・。

日本からも国として多額の寄付をするようだが、
日本の企業や著名人もこんなときこそ、名を上げて欲しいものだ。

ところで今年のお正月はどこへも出かけることなく
ひたすらダビング作業に明け暮れた。
家には1985年からの大量のF1番組録画のビデオがあるのだが、
狭い家なので置き場所が限られているため整理する必要に迫られたのだ。
捨てるなど、とてもできない。(私にとって神聖なものなので。)
昨年、ビデオからDVDへダビング可能な機種が出たので年末に購入。
ビデオ2-3本が薄い1枚のDVDに納まるのだ、画質の劣化もなく!!
今、1988年、89年、90年まで録画を終えた。

あの頃のF1はやはり面白かった。また皆若かった。
予選のスリリングさ、給油が禁止されていたので一定の燃料で
どのようなレース展開にするか、燃費やタイヤのコントロール
ドライバーの腕次第。今のチームとして機能するF1よりも
ドライバーの腕で勝負したあの頃は良かったなとしみじみ思った。

そしてどうしてあれほどセナに入れ込んだかを改めて思い出した。
ドライバーとしての腕はもちろんだが、
非ヨーロッパ出身であるがための理不尽な処分
(特に89年日本GPでの優勝取り消し→提訴→
逆に危険なドライバーとして排除されそうになった事件)、
時折垣間見られた陰のある、求道者のような姿・・・
見直せば見直すほどやはり彼のような選手はもう現れないだろうと感じる。
(勿論、個性的なライバルにも恵まれていたこともセナの運だった)

逆に今も生存していたら、
セナ崇拝に陰りが出ることもあったかもしおれないと思う。
94年、コース上で散ったのは英雄としては理想的な終焉だったのだろうか。

セナと古きよき時代のF1への回顧に浸った正月だった。